湯に浸かったとたん、思わず至福の声を上げてしまった。周りに人がいなくてよかった。なんとも皮膚に柔らかく、染み入るようで心地いい。北海道弟子屈町の川湯温泉でのこと。観光案内に湯質は「酸性硫化水素泉、酸性硫黄泉、35度~65・5度」と記されているが、このまろやかな感触は何なのか。見た目は無色透明に近く、匂いも強くない。2泊した間の朝に夕に、一日二回合わせて四回、この湯をひたすら楽しんだ。
宿泊を川湯温泉に取ったのは名前の由来が気に入ったからだった。町中に湯が川のように流れていたから、「川湯」と名付けられたという。湯量を誇る温泉はたくさんあるが、川になるくらいの湯がイメージを膨らませた。もちろん宿の湯はすべて源泉かけ流し。「強い酸性湯」から受ける印象とは違って皮膚に心地よくなじむ湯の感触が楽しみで、夕食前のひとときが待ち遠しかった。同行した配偶者も川湯温泉の湯がよほど気に入ったと見え、部屋に戻るやひとこと「これまでのベスト!」。
ほどなく川湯温泉 ― 期待を高める硫黄山の噴煙 |
看板の右後ろが唯一のコンビニ |
面白いことに町に温泉らしさがありません。巨大なホテルも見えない。町の大通りを挟んで3,4階建ての宿泊施設が何軒かあちこちに見えるだけだ。湯の匂いもしないので、始めは本当に湯が流れているのだろうか、と怪しんだ。
温泉地につきもののお土産さんも見えない。扉が閉まったままの店があるところを見ると、まったくの想像に過ぎませんが、近くの都会から押し寄せた人たちで週末がにぎわった時代は過ぎてしまったのかもしれません。お土産屋さんが繁盛したのも今はすっかり過去の話になってしまったのか。そういえば人の住まなくなった家、アパート、営業停止したホテルが見受けられる。
丹前姿は見られません。 |
多くの車が並んだ時もあったのでしょう。 |
大鵬相撲記念館 |
実は川湯温泉はかつての大横綱、大鵬関の生まれ育った町で、川湯中学を卒業している。町中に建つ「大鵬相撲記念館」に入ると、小学生の頃、白黒テレビの前で胸をときめかせたはるか昔を思い出した。あの強さと、勝っても負けても表情を変えない横綱らしさがなつかしい。客は私たちふたりだけ。
しばらく大通りを歩くと川湯神社がある。湯が奉納されているのは当然として土俵はやはり大鵬関と関係があるのだろうか。それとも大鵬以前から奉納相撲が盛んな土地柄だったのだろうか。
川湯神社 |
『湯は60度』の注意書き付き |
そこから2,30メートル歩くと川があり、橋を渡りながらふと目にした流れが異様にきれいなことが気にかかったので、戻ってよく見ると湯気が立ち上っているではありませんか。
これか?湯の川は・・・。
湯は透き通ってきれい。 |
湯気、見えますか? |
流れに指を入れると温かい。町の地図を見るとこの辺りから川が流れだしているのがわかる。流れに沿って歩道が整備されている。照明も設置されているということは夜は照明をあてるのか。
それにしても町に人通りはなく、静か。街中をぶらついた午後3時過ぎ、通り過ぎる人は誰もいなかった。大通りから一本入った道をネコがのんびりと横切るのが見える。と、そのまま座り込んでしまった。オイオイ、大丈夫か車?
ここは私の運動場。何か? |
イヌなら動きが速いから車が来ても、と見ていると・・・何かオカシイ!これイヌじゃないでしょ?地元の人には当たり前の話でも関東から行ったらやっぱり驚きます。
近くの屈斜路湖の「砂湯」にも驚きます。砂の下はお湯。私も砂を手で軽く掘ってみると温かい湯がシッカリ出てきました。さざ波として打ち寄せる湖水は冷たいのですが。近くのキャンプ場に来た子供たちの楽しい遊び場になっているということですが、それだけじゃモッタイナイ。私も遊びたい。
砂湯 |
余りに町中が静かなので客足が途絶えたのか、と気になるくらいでした。しかし宿にはそれなりの数の客がいて安心しました。これだけの湯が沸く限り川湯温泉は人を惹きつけ続けるにちがいありません。
ここは日本列島の東の端に近く、朝の明けるのが早い。ふと目覚めるとまだ3時過ぎなのにもう窓の外が明るい。まだ早いけど、体をやさしく包むような湯を独占してくるか。